マイワンのサイトです。
年会 病院 過言 申し込める 東和 定評 わかる 制作 使える 支店 応じ 構成 明細 覚ませ したがって ノーブルシーズ 驚き やすい 実際 掲示板 不要 旅行 用語 取扱 初回 追求 大変 借入れ グラフ

中止とは?/ マイワン

[ 294] 絶叫機械+絶望中止
[引用サイト]  http://d.hatena.ne.jp/screammachine/

『コンスタンティン』には、爆笑必死の臨死体験シーンがある。地獄に証人がいるから、刑事が地獄に行かなきゃいけなくなって、媒介に水が必要だからって、バスタブの中に服を着たまま入って、そんでしばらく待つんだけど何も起こらなくて、でも胸はエクソシストが押さえ込んでるから水から出られなくて……「あれー?!これって死ぬんじゃない?」って気づいて暴れる。というシーン。
その真剣な刑事の顔と、水に浸かっているという行為の間抜けさと、刑事が「死ぬよね?」って気づくタイミング。そのあとに訪れるカタルシスとあわせてとても良いシーンでありました。
キリスト教でホラ、洗礼のときにさ、水に沈めるのがあるでしょう、今調べたら東方教会っていうのね、一緒にしたら怒られるかな。まあいいや。それで、刑事は一瞬死にそうになって、地獄に行くんだ。フラットライナーズ?まあそうゆー感じなんだろうけどさ、めちゃくちゃだよね、死ぬからね、溺れたら。
『コンスタンティン』っていう映画は、こうやってキリスト教を面白おかしく改変してしまう。だから真面目なひとから見たら、まともに聖書を描いていないとか、神の教えを冒瀆しているとか言われちゃう。リベラルなひとからさえ「キリスト教に対して無批判だ」とかさ。いやいや「地獄版の聖書」なんて冒瀆以外の何物でもないよね、笑えちゃう。
たとえば「天国と地獄のバランス」って言葉が出てきたときに、なんだか難しく考えがちなひとは「政治的・社会的な寓意」だの「グローバリズム批判」だのを背景に置きたがる。それを勝手に置いたうえで、うまく描けてないだとか、遅れているだとか何だとか。
教えてあげよう「天国と地獄のバランス」とは「天国と地獄のバランス」のことなのです!『指輪物語』における指輪が「世界を統べる指輪」でしかないように、『スキャナーズ』の超能力が「頭が吹っ飛ぶ超能力」でしかないように、映画に出てくるものが、それ以外である必要はないのです。もちろん、監督によってはインタビューで「カラス神父が登場するときは必ず画面の下から上に昇る……これは彼が最後に天に召されることを暗示しているんだ」なんてことを言ったりするひともいるし、基本的にはあらゆる映像表現は文字通り何かを表現しているかもしれないけれど、それは別に映画や監督のインタビューに一言も出てこないような「政治的・社会的な寓意」などではないし、ある必要もない。
もちろん、政治的・社会的な寓意がタップリのグローバル批判にまみれた映画は、ある。その逆も、ある。だからといって、映画というものがすべていま君がハマっている政治思想的な何かを表現するため「だけ」にあるわけじゃない。
じゃあ映画として優れていたかというと、それには注釈が必要だろう。たとえばこの映画に出てくるマクガフィンは何か、といった問題があるわけよ。
マクガフィンというのは、ヒッチコックが考えた「登場人物にとっては重要だが、観客にはそれが何であるか明かされないもの」のこと。スパイものなんかに出てくる「取ったり取られたりしているマイクロフィルム」なんかがそれ。マイクロフィルムに何が写っているかは、あまり関係がない。ただそれが「重要」だと観客がわかればいい。それは物である必要もなくて、主人公が陥ってる状況なども指すんだそうだ。
『コンスタンティン』に出てくる「取ったり取られたりするもの」って、パッと見は「ロンギヌスの槍」なのね。主人公たちはそれを巡って戦うし、劇中でことさらにそれが重要だって言ってるし。だからそう思って見るとサスペンスもないし、うまく描けてないなあ、なんて思ってしまう。でも、マクガフィンの定義をよく考えてみてほしい。それは「登場人物にとっては重要だけど、観客にはそれが何であるか明かされないもの」なんだよ。おれたちは『コンスタンティン』を観ていて「ロンギヌスの槍」が何で、どうして重要なのか全部わかっていたはずだ。てことは、これはマクガフィンじゃない。
肺ガンはコンスタンティンを死へと向かわせ、死を避けるために彼は行動を起こさざるを得ない。肺ガンに関する医学的な説明はなく、神学的な解釈も行われない。みんな「そんな生活をしていれば当たり前だ」とはぐらかすだけ。
でも、肺ガンがあるから、観客はコンスタンティンの「肺ガン→死ぬ→一回自殺している→地獄行き→嫌だ」という連想を、何の疑問もなく受け入れることができる。コンスタンティンには逃げ道がない、劇中では何度も「自殺したヤツは地獄に行く」という説明がされているからだ。
そして、結果は見てのとおり。医学的な説明は何もされないまま、ただ物語の流れにそって、コンスタンティンの肺ガンは○○によって○○される。まるで、スパイの手によって主人公の体に埋め込まれたマイクロフィルムが、別のスパイの手に渡るように!
とまあこんな感じで『コンスタンティン』はかなり楽しめる映画だ。もちろん「キリスト教モノ」好きにはたまらないセリフや場面もたくさんあるし、描写も凝っていて見ごたえがある。何かの最高傑作ではないかもしれないけれど、けっして駄作として蹴り飛ばされていい映画ではない。まだ観ていないひとも、観て「?」となったひとも、再びこの映画に出会うことをお勧めするのであります。
ウチら日本人は、英語をしゃべるアメリカ在住の人たちを仲介して見てるから、おっかねぇと思いつつ、ある種の他人事みたいな感覚で楽しンでると思うンですね。
前夜の暴風雨により、通信と電気が遮断された、長野県のとある田舎町。風景写真を専門とするカメラマン・高島政宏は、息子と近所のスーパー”いなげや”に買い物に行くことにする。
ウィルスがどうやって増えるかってゆーと、普通の生き物は細胞分裂とか起こして増えるじゃんかぁ、でもウィルスは細胞に自分の遺伝子を注入して、複製を作らせて増えるワケですよ。
黒田硫黄のマンガについて書きました。内容はいつもの図像論から発展させたマンガ表現の仕組みについて、テーマは「うるさいマンガ」。うるさいマンガとは何でしょう、マンガがうるさい?音なんて出てないのに?効果音のことじゃないですよ、じゃ、何がうるさいんでしょうか。気になるひとは本屋へGOだ。
イズミノ君の個人誌『漫画をめくる冒険』で紹介されているグラップラー刃牙の一コマ。え?まだ読んでないから何でこのコマが引用されているのかわからない?そりゃまずい。
さて、いままで一度も会ったことがない人同士がどうやってお互いを認識してリアル友達になれたかといえば、それはぼくが自分の顔写真を公開しているからだ。編集長はぼくを偶然見つけて、「あ、あいつはあいつだ」と気づいてくれたわけだ。
そういえばおれは、自分の顔写真をけっこう公開しているのだなあ。髪型やヒゲやら、外見上の違いが出ると、前に会ったひとが気づいてくれないんじゃないかと思って、つい公開してしまう。もちろん、舞台役者をやっているので、ひとに見られること自体に何の感慨もない、というのがデカい気はするけど、役者じゃなくたって顔写真公開していいじゃない、とも思う。
ただ、エモ(ーショナル)な文体のひと、おれもたまにやるけど寝言ポエム系のひとは、正体不明の方がいい場合もある。ときには性別すら不確定で、文章の面白さが増す。語り手のイメージと言うのは必要で、おれもじっさいオフ会で会ったひとに笑いながら「ガッカリしましたよ」と言われたことがあるだけではなく、匿名掲示板で顔面を揶揄されたことがあるからだ(当時はイベントの主催などをやっていたので、よく外見や言動を揶揄された)。
とりとめなくてすまん。とにかく、まだおれに会っていないひとが、おれの写真を見て、どこかでおれに会ったときに声をかけられたらちょっと怖いなあ。いや違う、どこかで会ったとき(たとえば映画館)、遠慮なく声をかけてください。おれはそれができないたちなので、多くのブロガーに「声をかけてもいいですよフラグ」を立ててほしい、というエントリだこれは。
はてブのタグを改めて見ると、赤裸々に「かっこいいぜ」と「せつない」と「映画」のサイズがでかいので恥ずかしかった。恥ずかしがっていても仕方ないので、かっこよくてせつない映画を紹介します。あと、いっつも書いてることですが、ここを読んでいるひとは本当に買い物をしないひとが多いので、おれは今まで一回もアフィリエイト収入というものを得たことがありません。それに紹介されただけでDVD買うひとが少ないのもわかるし。レンタルアフィとかあればいいのに。というか金は要らないからとにかく観てほしいとかいろいろあるわけですよ。以上、言い訳終わり。
一度書いたことあるけど、今ふりかえることのできるベストはこのへん。洋画ばっかりなので随時埋める。
時計じかけのオレンジ1971英スタンリー・キューブリック中学生のときにエロそうと思って観た。映画タグの横に、暴力ってタグがある。この映画のせいです。かっこいいぜ。
マルホランド・ドライブ2001米デイヴィッド・リンチ中学生のときに『イレイザーヘッド』を観て、全然意味わからないけどすげーと思ったけど途中で寝た。くやしいから何度も観る、途中で寝る。寝なくなったころにはこの映画があった。ダメなやつがもがく話はせつないです。
トゥモロー・ワールド プレミアム・エディション2006英アルフォンソ・キュアロンなくしたものを探すときに想像するのは、もうどこにもなくて絶対に見つからないんじゃないか、ってこと。何を引き換えにすればそれが見つかるのか教えてほしいけど、知りたくないようなそんな感じ。
ファイト・クラブ (ベストヒット・セレクション)1999米デイヴィッド・フィンチャー大切なものを見つけるということは、いろいろ他の何かを捨てるということで、それはとてもかっこいいけどせつない。だって、本当になくなったものは帰ってこないから。
未来世紀ブラジル1985英テリー・ギリアムやっと見つけた大切なものが、ってさっきから同じことばっか書いてるな。この映画はスタイルからしてかっこいい、真似したくなる気持ちはわかる。
キリスト教って便利そう、と思いながら、でもキリスト教って言ってもいろいろあるし、狂信的な福音派になっちゃったら気持ち悪いし……と思っているみなさん、キリスト教の導入に迷いがあるなら、無料版を使ってキリスト教の便利さを体験してみませんか?
この簡易版キリスト教「ライク・ア・フィッシュボーン」は、読むだけでインストール完了。しかも脳のレジストリは書き換えられないため、他の宗教ソフトや哲学ソフトなどをインストールしても衝突しません。ただし、一度インストールすると死ぬまでアンインストールできないので、そのことだけはご了承ください。
まずはじめに、インストールするための領域を確認してください。およそ10キロバイトが空いていれば大丈夫です。製品版の場合は「聖書(旧約、新訳)」を別途購入し、全て暗記していただくことになりますが、簡易版は世界中の多くのキリスト教信者がそうであるように、聖書に何が書いてあるかを知らなくてもインストールできますのでご安心ください。
「キリスト教をインストールするなら、科学的思考法はアンインストールしておいた方がいいんじゃないか」と思われる方も多いでしょう。しかし、科学的思考法を全てアンインストールしてしまうと、レジストリが改変され、他のソフト、たとえば「資本主義」の「利便性への欲求」「消費衝動」などが使用できなくなることがあります。その場合、簡易キリスト教が勝手にアップグレードして「アーミッシュ」になりますのでご注意ください。
どうしても矛盾が怖いと思われる方は「科学的思考法」のメニューを開き「不可知論」の適用範囲を上げてください。
その名の通り、キリストを信じるのがキリスト教です。その信じ方はさまざまですが、まずはおよそ2000年ぐらい前に死んだ人がいた、ということを信じてみてください。これは簡単ですね、なぜなら、2000年前だろうが1万年前だろうが、誰かがいて必ず死んだということは推測できるからです。
次に、その死んだ人が良いことを言って尊敬されていた、ということを信じてみてください。「汝の隣人を愛せ」とか「この中で罪のないものだけが石を投げなさい」とか、そういうトンチみたいなことを言った、というのを信じるのもわりと簡単ですね。ここで間違っても「私は親兄弟と喧嘩させるために来た」とか「師匠はバッタと蜂蜜ばっかり食ってた」とかそういうのは信じないでください。何が何だかよくわからなくなります。
さいごに、良いことを言っていて死んだ奴は、良い奴だった、ということを信じてください。ここには思考のアクロバットがありますが、とりあえず目をつぶってください。キリストはナイスガイでした。信じますね?
では次の項に進みます。キリストを信じることができたら、次は彼が救世主であることを信じましょう。
彼は罪人として殺されました。ここで大切なのは、三日後に復活したとか、地獄の窯が開いて七つの目を持った山羊が、とか、そういうのはとりあえず知らなくていい、ということです。まずは「罪人として殺された」ということを信じてください。
次に、彼が殺された理由を想像してください。普通、死刑に遭うには何かひどいことをしたと思いますね。でも前項でインストールした通り、彼はナイスガイですから悪いことをするはずがありません。ですから、彼が殺されたのは何か理由があったはずです。悪いユダヤ人がたくらんだから? NO! 政治家が彼を恐れたから? NO! そういう雑多なことはあとで知ればいいことです。
彼の死後、信徒が言うには、人間というのはとても罪深いので、彼はその罪をおっかぶって死んだらしいのです。つまり、あなたやぼくの罪を償うために、彼は死んだらしいのです、およそ2000年ぐらい前に。もしですよ、あなたの身近にいるひとが「なんか皆が悪いことしてるんで、おれが殺されて償うわ」と言って死んだらなんかすごいでしょう。
そういうすごいキリストのお父さんが、神様です。神様はみんなのお父さんなんですが、キリストの場合はもう直でお父さんですし、キリストだし神です。何を言っているのかわからないかもしれませんが、何、三位一体なんてわかる方が無理というものです。
キリスト教の神様はとてもすごいので、一人しかいません。でも全部知ってるし、何でもできます。この世界を作ったのは神様ですし、この世界を終わらせるのも神様です。とにかくすごいので、悪いことをした奴とか絶対に許しません。死んだら地獄に落ちます。ただ残念なことに、生きている間は何もしてくれません。キリストが磔になって「オヤジ、何で見捨てた?」と訊いたときも、答えてくれませんでした。昔は鼻から炎を噴き出したり、相撲をとったりと、面白いおっさんだったのですが、キリストが真面目すぎたせいでしょうか、およそ2000年ぐらいからこっち、あまり人前には出たがらないようです。
まあとにかく癇癪持ちなので、怒らせると大変な目に遭います。この神様から赦されないと、死んでからひどい目に遭います。でも生きている間に神様を信じれば、全部赦してくれます。全部です。信じるまでにやってきた全ての罪が赦されます。
これで簡易キリスト教はインストール完了です。これからは何か悪いことをしても「神様ごめんなさい!」と思えば全て赦されますし、キリストはいつでもあなたのことを見守っていて、代わりに死んでくれます。しかし、これはあくまでも簡易版のため、死んだあとのサポートはございません。地獄に落ちたくない方は、製品版をご購入下さい。
製品版の購入は、お近くの教会などでどうぞ。ただし、製品版にはあらゆる種類がありますので、よくパンフレットを読み込んで、自分に合ったソフトをインストールしてください。
また、この簡易版を使ってみて「これマッチポンプじゃない?」「罪の記憶は消えないんだけど」と思った方には「科学的思考」のプラグインである「無神論」のインストールをお勧めします。ただしこのプラグインはあくまで「神がいないという前提で推論を組み立てる」ためのものであって「神の不在を証明する」ことはできません。ご了承ください。

 

戻る

マイワンのサイトです。

マイワンのサイトです。