いかなるとは?/ マイワン
[ 333] カツライスとはいかなる食べ物か
[引用サイト] http://ekken.blog1.fc2.com/blog-entry-614.html
今読みさしの本なんだけど、東海林さだおさんってエッセイだけじゃなくて小説も書いていたのね。正直「小説」としては「うーん、これはどうなのかなぁ」と思うようなものなので、東海林さだおファン以外にはオススメできないけど、表題作を始め、アイディアはなかなか面白いものが多い。スーパーフィクションとしてのSFがお好きな人なら、ハマるかもしれない。 僕は北海道で生まれ育って、20代の半分を関東地方で過ごしたのだけど、そのときに定食屋さんで「カツライス」を頼んでビックリした事があるのですね。 小さい頃母がたまに作ってくれたカツライスは、ご飯の上にトンカツと玉葱や人参が入ったトマト味の炒め物(今考えるとデミグラスソースもどき)がのせられた洋食風の食べ物でした。便宜上「デミグラスソースかけトンカツご飯」としておきましょうか。外食時にこのような物を見たことがなかったので、僕にとっては「おウチで食べる洋食」というイメージがあったのです。 ところが数分後、僕の目の前に出されてきたのは、丸いお皿にのせられた、千切りキャベツ添えトンカツと、大き目の茶碗に盛られた白いご飯にたくあんの小皿とお味噌汁…… これはカツライスじゃなくてトンカツ定食ではないかッ! 責任者出て来いッ!! コンチクショーッ!!! 「この辺の人たちはトンカツ定食の事をカツライスというのか! 非国民めッ! だからダサイタマと言われるんだよ!(←暴言)」などとぶつぶつ呟きながら、お世辞にも美味しいとは言えない妙に堅いトンカツを食べたのを思い出しました。 で、当時僕にはインターネットなんてシロモノはなかったので、「カツライス」とはいかなる食べ物なのか調べる事ができなかったのだけど、東海林さだおさんの本を読んでこのことを思い出し、googleさんに聞いてみることにしたのです。 僕の言う「トンカツ定食」を「カツライス」と呼んでいる人が多数派を占める一方で、トンカツ定食でもない、デミグラスソースかけトンカツご飯でもない「カツライス」が存在するのですね。ワンプレートトンカツ定食とでも言いましょうか、「トンカツ定食」はトンカツ+キャベツの千切りの皿・ご飯茶碗・味噌汁の碗・漬物の皿という4点セットで提供されるものなんだけど、このカツライスはそれらを一枚の皿に盛り付けたものらしいのです。廉価版トンカツ定食のためか、肉も少し薄いもののようです。 ところで僕の言うカツライス=デミグラスソースかけトンカツご飯ですが、どうやら兵庫県加古川市独特のものみたいですね。(参考:加古川の「かつめし」…です★)僕の母は北海道出身、母方の祖母は山形出身、身内には兵庫県出身者はいないはずなんだけど…… 母がどこでデミグラスソースかけトンカツご飯のレシピを学んだのか新たな謎が! さて、これを読んでくれた人が「カツライス」を頼んだ時にどんな料理が出てくるものと考えているのか、お知らせいただけたら幸いです。できましたら差し支えのない範囲で出身地も教えてください。 その多数はよw んっで以て埼玉。 「ご飯の上にトンカツと玉葱や人参が入ったトマト味の炒め物(今考えるとデミグラスソースもどき)がのせられた洋食風の食べ物」はカツライスのイメージにない。 カツライスの概念はよくわかんないのですが、えっけんさんのお母様のカツライスは「エスカロップ」みたいですね。 う〜ん、あれはもっと違うものか… エスカロップはこれまた全く違う食べ物だよ! 最近は根室じゃなくても、北海道のコンビニではときどき弁当になってますよ! |
[ 334] プログラマが他のいかなる職業とも決定的に異なる理由は「誰にでもできるつまらない仕事」の生産性にある - 分裂勘違い君劇場
[引用サイト] http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20070217/1171679191
「誰にでもできるつまらない仕事」をさせたときの生産性は、有能な人間と無能な人間で、劇的な差は出ません。 「誰でもできる簡単な営業」なら、超優秀な営業マンと、凡庸な営業マンで、仕事の成果に劇的な違いはでません。 「誰にでも出来る簡単な接客」なら、超有能な窓口係でも、凡庸な窓口係でも、仕事の能率は大して変わりません。 平凡な営業マンは、難しい営業交渉だと、ときとして有能な営業マンの5倍もの手間をかけ、しかも、失敗する確率は5倍だったりする。 そして、有能な人間には難易度の高い仕事が割り振られ、凡庸な人間には簡単な仕事が割り振られます。 そもそも、有能な人間は「誰にでも出来るつまらない仕事」をやりたがらないのにたいして、凡庸な人間は「誰にでも出来るつまらない仕事」を引き受けてくれるので、有能な人間と凡庸な人間は、ちゃんと役割分担し、お互いがお互いを必要とし、棲み分けが出来ています。 こういう構造があるため、見かけ上、有能な人間と凡庸な人間の生産性の違いは見えにくくなっています。この構造によって本質が隠されています。 誰にでも出来るつまらない仕事を有能なプログラマにやらせると、数十倍の生産性をたたき出すことが、少しも希ではないからです。 これは、非常に退屈なサーバやネットワークの保守運用や、デバッグや、テスト作業や、大きなプロジェクトのヒエラルキーの最底辺にいるプログラマですら、そうなのです。 大きなプロジェクトのピラミッドの最底辺にいる新人プログラマには、「誰にでも出来るプログラム」のコーディングを任せられます。 しかし、この、「誰にでも出来るプログラミング」において、有能な新人プログラマと無能な新人プログラマでは、文字通り桁違いの生産性の違いが出ることがよくあります。 有能な新人プログラマは、最も適切なライブラリやAPIを鋭く見抜き、もっともパフォーマンスと安全性と保守性のバランスのとれたシンプルで美しいプログラミングをします。 そして、それは、凡庸なプログラマが、甘い判断でライブラリやAPIを使い、スケーラビリティーのないコーディングをした場合に比べて、ずっとシンプルで巧みなコーディングで、ソースコードは短い。そのため、バグが入りにくく、テスト仕様書も少なく、テスト工数も少なく、トラブルを引き起こすリスクも少なく、引き継ぎも容易で、後から改変するときのコストも少なく、しかも、別のプロジェクトですら、そのルーチンは使い回しが効くのです。 仕様のエッセンスをコンパクトに記述した簡単な定義ファイルからプログラムを生成するジェネレータを即席で作る。 もしくは、仕様のエッセンスを簡単な即席自作言語で記述したテキストファイルを実行時にパースし実行するようなメタレベルプログラミングをする。 要するに、人間が直接プログラムを書くのではなく、「プログラムを書くプログラム」を書くことで、プログラムにプログラムを書かせるのです。すなわち、自分で作業をするのではなく、自動作業ロボットを作ってそのロボットに作業をやらせるのです。プログラマの世界とは、ロボットの開発・製造・運用コストが桁違いに安い世界であるため、通常の物理法則に規定された世の中の常識を超越してしまうのです。 このため、有能なプログラマが「誰にでも出来るつまらないプログラム」を書くときの生産性が、無能なプログラマにくらべ、桁違いに高くなってしまうのです。 しかし、有能なエンジニアは、たとえば、ネットワークにつながっているサーバ同士で、定期的に自動的にバックアップを取り合うようなスクリプトを仕込みます。 そして、そのスクリプトがきちんと動作していることを、一発で確認するためのスクリプトも用意しておきます。 これによって、バックアップ作業自体がなくなり、また、バックアップ作業がきちんと行われているかの確認作業ですら、一瞬で終了するようになります。 ようするに、有能なエンジニアは、そもそも全体的なアーキテクチャやフレームワーク自体の構造を作り替え、仕事自体を無くしてしまいます。また、残った仕事も、極限まで自動化してしまいます。 こうして、「誰にでも出来るつまらない仕事」をさせたとき、有能なプログラマと無能なプログラマで、生産性に桁違いの差が出るのです。 しかも、困ったことに、有能なエンジニアが「誰にでも出来るつまらない仕事」を通常の人間の数十倍の生産性で片づけるとき、そのエンジニアは、その仕事に面白みを感じてしまうのです。 なぜなら、ITエンジニアの世界では他の職業に比べ、必要とされる凡庸な人間の数がはるかに少ないことを意味するからです。 しかし、大多数の平凡なプログラマにとって幸いなことに、プログラマ以外で、このことを実感として理解できている人はほとんどいません。 また、理解できていたとしても、実際に、どのプログラマがどれくらい有能で無能なのかは、ろくに判別できません。 仕事が理想通りの納期でできたとしても、それが、もともとその仕事が簡単だったから、凡庸なプログラマでも上手くいったのか、それとも、有能なプログラマの超人的な働きがあったからこそ、その仕事が成功したのか、エンジニア以外には、なかなか判別できないからです。 有能なプログラマが、凡庸なプログラマでは30倍の時間をかけても出来ないような難解な部分を担当したから、プロジェクトが成功したのだとしても、それは、ゆるやかにしか給料には反映されない仕組みになっています。 また、もし、ホワイトカラーエグゼンプションが導入されても、それは単にサービス残業を合法化するための道具にしか使われないでしょう。なぜなら、成果評価ができないのですから。 しかし、恐ろしいことに、一部の外資やベンチャーは、有能なエンジニアに部下のエンジニアの成果評価を手加減なくやらせることで、この藪を焼き払い、裸の生産性を白日の下に晒そうとしています。 なぜなら、有能なエンジニアを高給で雇う方が、単位時間あたりの生産性が世間相場的にお買い得なので、そもそも高く有能なエンジニアばかり雇おうとするからです。 もし、有能なエンジニアが、いっせいにそういう外資やベンチャーに転職しはじめたら、藪の中で比較的幸せな日々を送っていた平凡なプログラマたちの今の生活は、崩壊しかねません。 だから、有能なエンジニアに対して、自分の能力に見合った給料をもらえる外資やベンチャーへの転職を進めるというのは、普通のエンジニアにとっては、自分で自分のクビを絞めるようなものなのです。 「真実性を求めて分析・洞察した結果、みなが幸せになれる、政治的に正しい結論になりました」というパターンのブログ記事 ここは極論を楽しむ劇場です。プロフィールページをよく読んで、真に受けたり鵜呑みしたりしないように気をつけてご鑑賞ください。 |
[ 335] PS3はいかなる位置づけとなるのか:コラム - CNET Japan
[引用サイト] http://japan.cnet.com/column/mori/story/0,2000055916,20116568,00.htm
トラックバック一覧からリンクされているウェブページはこの記事にリンクしている第三者が作成したものです。内容や安全性について当社では一切保証できませんのでご注意下さい。 PS3を限定10万台で販売し、長蛇の列に耐えながらも買えなかった人がたくさんいたようだ。店頭で遊んでみたが、やはりグラフィックスのクォリティはこれまでのゲームをはるか超えた臨場感を味わう事ができました。リアルさが増すだけで、まだまだゲームは進化していくも… ゲーム機はゲームしか絶対に再生させてはならないなんて了見の狭い意見は五月蠅いゲーマーには通じても、ラジカセが受け入れられた様に一般には通用しないでしょう。 ※サービス名をクリックするとこのページをブックマークできます。また、人数をクリックするとブックマークしている人やコメントを一覧できます。なお、サービスによってはログインが必要な場合があります。 増え続けるファイルデータ。高まるデータ保護と事業継続への要求。データ可用性とデータ保護に優れ、かつコスト効率の高い分散型エンタープライズ環境を実現するためのヒントとは? 会議システムにネガティブなイメージを持つ企業がいる一方で、難なく日常業務の一環として使いこなす企業も存在する。この違いは一体どこから来るものなのだろうか。 携帯音楽プレーヤー市場はアップルの一人勝ち状態が続いている。この状況は、これまでの携帯プレーヤーとはがらりと異なる革新性をもったデバイスの登場を待つしか、打ち破れないのではないだろうか。 前回のコラムでは携帯電話とPCの検索における5つの違いをまとめた。今回は検索キーワードの違い、検索エンジンの違い、公式サイト・一般サイトの区別について、実践的な解説を行う。 近年急成長を遂げたモバイルコンテンツ市場といえば、電子書籍やデコメール、最近ではメニュー等の着せ替えコンテンツだ。なぜこれらのコンテンツが今、伸びているのだろうか。 マイクロソフト会長のB・ゲイツ氏は2008年7月に第一線の業務から離れて慈善事業に活動の中心を移す。ゲイツ氏が去った後のマイクロソフトは方向性を失ってしまうのだろうか。 消費行動に関する調査を実施した結果、女性は男性に比べ、商品によって消費パターンを使い分ける傾向が強いことが分かった。また、2、3年前に比べ、衝動買いをする消費者は約15ポイント減少したことも明らかになった。 インターネット上での情報収集に関する調査を実施したところ、男女別に見ると、男性は「比較サイト」、女性は「口コミ情報サイト」や「サンプル・トライアル商品」を利用する傾向が強いことが分かった。 以前のコラムでは、市場概況をリサーチする上で最低限意識しなくてはならない4つのポイントを説明した。今回は、リサーチに関する7つのテクニックをご紹介したい。 ディスコ全盛期の1970年代、パーソナルコンピュータは電子工作マニアのガレージから出て、オフィス、教室、一般家庭に入り込んだ。ここでは、1970年代のビンテージコンピュータの一部を紹介する。 NHKはこのほど、インターネット上におけるコンテンツ不正流通への対抗策として、フィンガープリント技術を用いた新たなコンテンツ保護技術を開発した。NHK放送技術研究所「技研公開」で展示している。 「画質」でも「記録メディア」でも、さらには「保存方法」でも選べる今シーズンのビデオカメラ。その機能と |
マイワンのサイトです。